謎のあんこう開発秘話 ~ こうして謎のあんこうは恋に落ちた
魚釣りが好きかともし聞かれれば、迷わずウィと答えるだろう。
しかし狂うほど好きという訳ではない。ましてや寝食を忘れてまで没頭する趣味でもない。
それは確かだが、好きだからこそ適度な距離感を保つ、それこそ私のポリシーであるといえよう
私がする魚釣りと言えば、堤防からサビキ釣りをしたり、投げ釣りをしたり、時にはブラクリで根魚を釣ったりする、いわば小物釣りがほとんどなので、いわゆる映える魚を釣ることなどほぼない。
釣った魚を美味しくいただく、それこそ釣りのメインリーズンだと自分では思っている。
そんな自分にとって昔から気になる魚がいた。それがチョウチンアンコウである。
英語ではAngler Fishと呼ばれるように、おでこの先からチョウチンをヒラヒラさせて寄ってきた魚を捕獲するアレだ。
私はこのアンコウの狩りの手法に強烈なライバル心を抱いた、と同時に尊敬の念をも抱いた。そしてなんとか真似ができないものかと冬になればかならずアンコウ鍋を食し、その目から口、肛門に至るまでおいしゅう頂きながら観察しては秘密を盗もうと誰よりも努力はしてきたつもりだ。
決して食の欲に駆られたわけではないことは一言添えておきたい。
つい最近になって、アンコウ鍋で使われるあんこうは主にキアンコウと呼ばれるものでチョウチンアンコウとはもはや別物であること、チョウチンアンコウは主に水深700m以上の深海に住むため、食卓に上がることはない、という残念なファクトを知ることになった。
それを知ったとたん、思わずテーブルに突っ伏し、拳をテーブルに叩き付けながら己の無知さを恨んだものだ。
しかし、そんな心が砕けそうになる自分を支えてくれたのは、それでもやはりアンコウに対する愛情と尊敬であった。
大きな挫折を経験した私は、ここで立ち止まってはならない、このアンコウをなんとか形にできないものか、釣具として製品にできないものか鉛筆の芯が何度も折れるほど絵を描き続けた。
最終的に描き上げた渾身のラフデザインを信頼できる同じ年のエンジニアのA氏に渡し、サンプルの製作をリクエストした。
私の渾身の作を見たA氏は「なんだいこれは・・?」とバッサリ斬り捨て、そのままゴミ箱行きと思われたものの、しばらく沈黙の時間が流れたあとで「待てよ?面白いかもしれない」と幾分かの興味を抱いてくれたようだ。
しかし「ちょっとこのままではゴツ過ぎるんだよなあ」と、あろうことか私の苦労の塊である渾身の作に手を入れてしまった。発案者としては誠に面白くない展開である。誰よりもあんこうに愛情を注いできた、という自負があるモノとして、
努力に努力を重ねた渾身の作品に手を入れるなど失礼にも程がないか。ここは怒ってもいいところなのではないか、己の名誉のためにも激オコの態度を取るべきではないか、そんなことをアレコレ考えながらオデコの辺りまで血が上ってきている自分を感じたものだ。
チョウチンアンコウのように、もし自分にチョウチンがあれば・・そう悔やんだものだ。もっとも、チョウチンがあれば果たして何ができたのか、それはまさに謎である、が。。
そんな私の気持ちをつゆほども知らないA氏が「こんなのはどうだろうか?」と出してきた新しいラフデザイン、怒りに震える手でそれを受け取った瞬間、オデコまで上った血が一気に逆流していく自分を感じた。
当初私が考えた案はあんこうの背中の同じ場所にワイヤーが2本刺さり、そのうち一本がくの字に折れ曲がってハリスと針がつき、もう一本はまっすぐ上を向いた状態で道糸と繋がれる、というものだった。言わばオモリが付いた天秤というエサ釣りからの発想だったのだが、 A氏が私の苦心した渾身の作に手を入れたものは、あんこうのお尻に丸いカンが付いており、そこに道糸を繋ぎ、頭のてっぺんから斜め前にワイヤーを出してそこからハリスと針が付く、という斬新なものだった。
A氏は、「このスタイルにすれば、アンコウの形を工夫することによってアンコウ自体もルアーのような動きをするはずだ」と話し、さらには「同時にチョウチンアンコウのように顔の目の前に針を持ってくることができる」と続けた。
さすがは我が社が誇るエンジニアである。
「むぅ・・悪くはない考えだ。むしろnot badと言うべきか」私はそう絞り出すのが精いっぱいであった事を覚えている。
そして先ほどまでの怒りのパワーが急速に開発へのパワーへと見事に変化を遂げたわけである。
早速我が社の海外工場へサンプル制作を依頼した。ここで工場から聞かれたのが重さと大きさをどうするか、である。まさに次のメイントピックはこのポイントであった。
そもそも、このアンコウ仕掛けで果たしてどんな魚が釣れるのか、というよりこんなので魚が本当に釣れるのか、その段階ではそこは未知数であった。まさに謎に包まれていた、と言うのが正しい表現かもしれない。
しかしこのとき私は、少なくともハゼ釣りには確実に有効だ、そう確信をしていた。理由を聞かれても困るが、一応それなりに自分なりに分析した考えがある、と言うと過言かもしれない。・・科学的に分かりやすく言えば動物的カンというのが正しいだろうか
いずれにしてもハゼをターゲットにすると仮定した場合、エサ釣りの感覚で言えばオモリの重さは5号~8号、せいぜい10号までくらいではないか、ということで初回サンプルは20gと30g、そして念のため40gも追加した。
果たして工場のスタッフはどんな気持ちでコレのサンプルを作ったのか、今となってそれは知る由もない。
そして待望の初回サンプルが上がってきたのは、夏の終わりを告げるスコールが心なしか切なくアスファルトを叩きつける日だったと記憶している。
遠い国からはるばる届いたあんこうサンプルを見て思わず絶句した。
あまりにも可愛すぎる感じで仕上がっていたのである。
まず目はシールではなく、中に黒いタマが入っている立体タイプであった。振ると目玉がカラカラと動くアレである。
そして目を配置する部分の傾斜によって自動的に2つの黒いタマがそれぞれタレ目のような感じに仕上がっていた。
本体はあんこうに似せた明茶色にカラーリングされ、こちらがお願いしたものに近い形で仕上がっていたものの、形はこちらが想定していたものよりさらに丸っこい形でそれも可愛さを強調していた。
そして重要なキモであるチョウチンの代わりになるワイヤーが背中から斜め前にまっすぐ配置されていたのである。
稚拙な手書きの設計図、もとい手書きの絵がこんなに可愛いあんこうに化けるとは全く思っていなかった。
そのうえ可愛らしいお口までしっかりと作り上げられていた。お口の部分だけは口紅を塗ったかのような深紅の色付けがされており、なかなかエキゾチックともいえよう。
それにしても工場のエンジニアたちがよくここまで作り上げたものだとシゲシゲあんこうを眺めていると、たまたまその時私の周りにいたスタッフ達は、あんこうの企画自体をまだ知らなかったためか、「なんじゃこれは??」という反応であり、
また変なキワモノでも作ろうとしているのか、というようなクールな笑いが起こっていたことを覚えている。
あの時に漂っていたまるでシベリアからの風が吹いたかのような空気感、忘れることはおそらくないだろう
あんこうのサンプルを作り上げた弊社のその工場、実はジギング用のジグの製作を得意としている。優秀なスタッフが揃っているとは聞いていたが、長年のジグの製作経験をあんこうにも活かしてくれたのだろう。
彼らからすればたとえ稚拙な手書きの絵がベースだったとしても、本社からの依頼であるなら、と真剣に向き合いこちらの意向を汲み取って理想の形に仕上げてくれる男気、またそれに要するスキルをも有している、と改めて感服した。
とにかく、初回サンプルは無事に届いた。あとは黙って結果を出すだけだ。
飲みかけのタピオカミルクティをグイっと飲み干すと早速釣行の予定を組んだ。
ちなみに私は決して流行りに流されるタイプではなく、タピオカミルクティは日本で流行るかなり前から愛飲してきた、ということは一つ加えておく必要があろうかと思う。
実に可愛いインパクトのあるサンプルがあがってきたものの、次なる大きな壁が目の前に立ちはだかっていたのである。それは実にシンプルな壁だ。
つまり果たしてこれで釣れるのか?ということだ。
私は釣りは楽しくあるべきだとのポリシーを幼少時から守ってきた自負がある。この可愛いあんこうを使えば人はみな笑顔になり、釣りを存分に楽しめるに違いないという確証はあった。しかし釣具である以上、魚が釣れなければ意味は無い。
あんこうを使う事でなんらかのアドバンテージがなければならない。そこに対する自信が正直に言えばなかったのである。
そこでコソコソと1人で釣行を重ねていく事にした。
1人で行く理由は簡単なことで、誰かを連れていくと、もし全く釣れなかったときにディスられるのではないかと感じたからだ。俺がディスられるのは我慢できる。がしかしあんこうがディスられるのは我慢がならない、そういう想いからだ。
とはいいつつ実は傷つきやすいのが自分だったりもするのではある。
季節は10月、釣りにはベストに近いシーズンであろう。そこでチョイスした場所は河口である。
河口であれば魚種も豊富であることと、うまくいけば川の魚もつれたりするのではないかと考えたからだ。ついでに人があまり来ないところをリサーチした。
もし誰かにこんな変なので釣りしている、とか見られたら恥ずかしい・・。なんて一瞬思ってしまった自分の頬に思わず手を上げ、ようとした。俺はあんこうに対してなんて失礼なことを思ってしまったんだ・・。
・・とはいいつつ今回は知名度のあまりない川の、あまり目立たないスポットでテストを開始した。河口にはシーバスを狙う釣り人が少々おられただけなので、河口より300mほど上流側の地点にベースを構えて早速準備を開始した。
最初に使用したのが鉛製あんこう30gである。エサ釣りの感覚で言えばオモリ8号に相当する。このあんこうはド遠投する仕様ではないため、8号くらいがちょうど良かろうと勝手に思ったわけだ。
そして次のテーマは、ハリを何にするか、だ。当社は針メーカーとして認知されているため、針の種類は山ほどある。それぞれ魚によって、状況によって、さらにはエサによってハリを選択するのが本来セオリーと言えよう。
ただこのあんこうで果たしてどんな魚が釣れるのか、またどんな大きさの魚が釣れるのか、いまだ謎だらけなのである。
そこで色々思案した挙句(とはいえあまり論理的に考えるのは好きではない)、丸セイゴの9号を選択した。
理由は文字数の関係上省略することをお許しいただくとして、とにかく準備は整った。あとはエサだが、まずはイソメを試してみよう、とワイヤーの先のハリスに結ばれた丸セイゴ針にイソメを半分に切ったものをセットして15mほどキャストした。
幸い周りに人はいない。そして辺りは静寂が支配している。こっそりテストするには最高の環境である。
アタリを待つワクワク感と何も反応が無いのではないかという不安が交錯する中、少し竿を動かそうとしたまさにその時に事件、いやサプライズは起こったのだ。
いきなり竿をひったくるようなアタリが出た。
普段ならここで得意の大アワセをかましてやるところだが、いや待てここは慎重にやり取りをしなければならぬ、と自分に何度も言い聞かせる。
大量のアドレナリンが湧き出しているに違いないほどエキサイトする自分をフィールしていた。
果たしてこんなに興奮したのはいつ以来だろうか。昨年自動販売機でアタリが出た時以来だろうか・・。
そんなことを考えている暇もなく魚がその姿を現した。なにが一体釣れたのか・・タモなんて持って来てないので一気に抜き上げた。
なんとチヌだった。
といっても20㎝そこそこのサイズだが、まぎれもなくチヌだった。まったく予期していなかった獲物である。
あんこうってほんまに釣れるんや・・と思わず呟いてしまった。このチヌを誰かに見て欲しくて、ゆっくり針を外して、「おいおい、そんなに暴れるなよ?」と独り言を言いながらしばらくチヌを両手で持ってポーズを決めたものの、
静寂が支配しているこの場所では誰も俺の雄姿を見てくれる人はいなかった。。
さっきまでは誰にも見られたくないと思っていたのに、男心ってやつは本当気まぐれなものさ。秋の空を見上げながら思わず呟いたことを今でも思い出す。。
冗談半分で作ったあんこうだが、もしかしたら釣り具としても有能なのではないのか?ちょっとウキウキしながら再度イソメを付けてキャストした。
今度はビビッドなアタリを冷静に捉えてセイゴが釣れた。お、いけるんちゃう?普通に釣れるぞ?
しかしその後は時合が終わったのかアタリが止まった。たまに釣れるのはフグ、またフグ、さらにフグ。。でも釣れるたびにニンマリしてしまう自分がいた。
そこに散歩に来たと思われるおじいちゃんが通りかかった。「兄ちゃん、何か釣れたんか?」と覗き込んできたが、フグの姿を見ると、なんやフグか。。と足早に立ち去った。
いやいやおじいちゃん、そこじゃないんだ。フグじゃなくてこのあんこうちゃんを見てくれよ。とは思ったもののそこは堪えて黙々とキャストを続ける。
こうして実釣を重ねるうちに大きな課題に直面した。
フグのアタリをスルーしてしまうとハリスを切られるケースが散見したことだ。もちろん謎のあんこうではなく、普通の仕掛けで釣ったとしてもフグにハリスを切られる事は少なくない。
エサ釣り師としてはよくあること、なのだが謎のあんこうの場合にはハリスを切られるとショックは小さくはないのだ。それはハリスの交換作業に関わる部分である。
謎のあんこうのハリスについて詳細を述べさせて頂くと、当初からハリスは3.5㎝~4.0㎝程の長さとし、ラインはフロロカーボンの1.5号で一定の張りを持たせ、そしてハリスの先にチチ輪を作り、あんこう本体のワイヤー先端のリングに接続する。
このスペックはプロトから変わっておらず今でもバランスが良いと感じている。
ただ当初から変わったのは接続の方法である。
プロトの段階ではチチ輪をリングに接続する際に「八の字チチ輪結び」を採用していた。
つまり、
①チチ輪をリングに通す
②リングを通したチチ輪に針を通す
③針を引っ張り締め上げる、というものだ。
文章にすると難解だが恐らくそこそこの釣り経験者ならご存知と思われる。
しかしこの方法であればハリスの交換の際に若干面倒であると感じた。実際この日はフグの猛攻に遭い、ハリスの交換をする必要が何度かあったのだが、まずハリスを外すのが面倒くさい。「八の字チチ輪結び」をしているので、手でほどくかハサミで切る必要がある。
そう聞くと実はたいして面倒くさくないかもしれない。しかし、より便利な方法があるはずだ。釣り人は「時合」という言葉に強烈に反応する。そして「手返し」という言葉はその枕詞のようなものだ。
つまり時合だと感じたときに、できるだけストレスなく自分のやりたいようにしたい生き物なのだ。そして私にはそんな釣り人の要望に応える使命がある!・・ような気がする。
さて謎のあんこう初釣行ではチヌやセイゴ、フグなど釣果としては満足のいくものだった。同時に課題も見つかった。 もっと簡単にハリス交換ができる方法を考える、こいつが次に向けてヘブンからギブられたホームワーク、すなわち天授の宿題に違いない。俺はやってやる、必ず。夕陽に向けて呟いたのであった。
翌日出社すると机に座って宙を見つめる時間が増えた。同僚からは月曜病だとか、離婚危機らしいとか、はたまた上司に怒られたらしいなどと噂されようが1日中あんこうのことを考え続けた。
いや、頭から離れなかったというのが正解かもしれない。
謎のあんこう開発秘話 ~ こうして謎のあんこうは恋に落ちた